アウンティツウー

わたしの東京

私は大学を卒業してから親と一緒に農業の仕事をずっとしました。でも2015年に私の未来を考えたら良いことがあまりないと思いました。私は住んでいる村の周りの人間とあまり変わらないで、朝起きたら農業の仕事をやって夜の19時ごろに上がります。それで私の生活があまり面白くないことに気づきました。

私はヤンゴンで一番有名な大学を卒業しました。私のコースは植物です。植物というのはきのことか花の品種改良を詳しく勉強するコースです。私は大学で卒業するまで3年間真面目に学びました。あとは特別授業になって稲の新種と成長を学びました。この授業を受けたのは私が好きだったからです。なぜかと言うと私は将来稲を商売したかったからです。

でも卒業したら父親から呼ばれたので何も考えないですぐに帰りました。なぜかと言うと私は長男だからです。父親が何で呼んだのか言うと自分が年寄になってから今やってる農業と稲の商売の仕事を私に任せたいと考えたからです。でもこの仕事は大変ですけど利益はあまり良くないです。そのままつづけると赤字になる可能性が高いことがよく分かりました。私の夢は社長になって稲から米まで作る工場を持つことです。でもこの夢はとても難しいということがわかってきました。どうすれば自分が欲しい工場が作れるのかを毎晩考えました。最後に私が分かったのがお金をいっぱい稼がないといけないことです。どうすればお金を早く稼ぐことが出来るのかを父親ときちんと相談しました。そして海外に行く方がいいかなあと考えました。それでYangon Japanese Language Centerで半年間日本語を勉強しました。それから日本へ来ることになりました。