ダオ ティ ハー

わたしの東京

私は日本に来て4年目になります。そろそろ専門学校を卒業します。今まで過ごした道を振り返ると、日本語学校の時代を思い出します。

日本へ来る前にベトナムで日本語を5ヶ月間勉強したのに日本に来たらまだ喋れませんでした。学校では「あ、い、う、え、お」から始めて、簡単でしたがだんだんいっぱい問題が出てきました。1日の授業で新しい言葉や漢字や文法や会話などたくさんのことを学ばなければなりません。そんなにたくさんのことを同時に覚えられませんでした。

しかし、学校の先生にたくさん助けてもらいました。特に担任の大勝先生が一番親切でした。日本語を教えることだけではなく、生活の周りのことも指導してくれました。初めて日本に来た日、大勝先生が空港へ迎えに来て、学校の寮に住むため生活用品を買いに連れ行ってくれました。私を全面的に応援してくれました。それに対して今も深く感謝しています。

それから、クラスメートにもたくさんサポートしてもらいました。皆はほとんど違う国から来ましたが、差別的なことはなかったです。みんなと仲良くしました。特に、ネパール人の女性のアラティさんと一番仲良くなりました。初めてアラティさんに会った時、私は日本語があまり喋れないし、英語も出来ないので、とても恥ずかしくて、どこで話すべきか分かりませんでした。アラティさんはベトナムについての質問を積極的に私にしてくれました。私は彼女がとても親しみやすいと感じて、日本語のスキルのいくつかで母国を紹介することができて私は満足しました。そして私はアラティさんの国について尋ねることを忘れなかったです。私たちがいつから仲良くなったか分かりませんが私たちはどんなことでも話しができる仲間になりました。今、一緒に勉強していませんが定期的に連絡を取り合っています。

学校を卒業して次の道はどのようになるか分かりません。でも日本での4年間で知り合った人やできるようになったことは忘れたくありません。