ダ マン フン

わたしの東京

今私は松屋で働いています。この仕事は日本へ来てから4ヶ月して友達が紹介してくれました。その時は日本へ来たばかりだったので日本語があまり分からなくて、とても大変でした。最初は洗い場だけでしたが後から色々な仕事をするようになりました。私は毎日メモをちゃんと書いて頑張りました。先輩も教えてくれたので仕事を自分で出来るようになりました。

その後、先輩は学校を卒業して就職するので仕事を辞めました。私は6ヶ月しか働かないでリーダーになりました。それから私の仕事はもっと責任が大きくなり、難しくなりました。メンバーは全部ベトナム人なので店長がいない時に困ったことがあったら私が自分で解決しました。一番難しいのは券売機が急に中止になってお客様がお金を払ったけど食券が出なかった時です。その時は券売機を修理して、客情報を見て確認します。

毎日来るお客様の中にとても厳しいおじさんがいます。そのおじさんはいつも特別な湯のみや丼を使います。おじさんの席の周りはぜったいきれいにしなければなりません。そしてそのおじさんは毎日お店へ来て納豆とご飯だけを食べます。新人のメンバーはこのことがわからないのでおじさんが来た時は私がいつも自分で用意しました。ある日このおじさんの隣の席に外国人のお客様がいてその人は店内で電話をしたのでおじさんが怒りました。二人がけんかして外国人のお客様は日本語が分からなかったのでおじさんは私を呼んで叱りました。「外国人の客はなんで日本へ来ると日本語が分からない」と言いました。その外国人のお客様は中国人でした。日本語も英語も話せないので私は説明できませんでした。仕方がないので警察を呼びました。この事件は今でも忘れない事件です。