チャン タン ホア

わたしの東京

私は高校を卒業してから日本に留学しました。初めて一人で生活して、大変でした。アルバイトをいろいろ変わりました。

日本に来て2ヶ月ぐらいして仕事を見つけました。知り合いがいなかったからその仕事は紹介会社から紹介してもらいました。最初の仕事はお弁当工場でギョーザや冷やしラーメンを作りました。初めての仕事だったから大変でした。仕事は深夜で夜10時から朝8時まで働きました。家から工場まで遠くて電車とバスで1時間半ぐらいかかりました。工場の中はクーラーが寒くて、なかなか仕事に慣れませんでした。工場はほとんど外国人でした、ベトナム人やフィリピン人や中国人です。その仕事は日本語をあまり使わなくてもできる仕事だから日本に来たばかりの私に合うと思いました。仕事しながら学校に通って、新しい友達もできました。お弁当工場で6ヶ月ぐらいやって、遠くて、深夜時間だから体がつらくなって、やめようと思いました。ちょうどその時友達から松屋でスタッフを募集していると聞いたので、その友達に紹介してもらいました。工場の仕事をやめました。

授業は午後だから松屋では朝8時から12時まで働きました。朝の時間はすごく忙しくて、早く料理を出さなければなりません。一緒に働く人は優しい人もいるし、厳し人もいました。私はその時日本語がまだ下手でしたが、優し人は怒らないでいろいろ教えてくれました。新しい日本語が勉強できました。お客様の対応の仕方とか仕事の仕方も教えてくれました。たとえばお客様がご来店したら「いらっしゃいませ」と言いました。松屋で接客の仕事をたくさんやったので、お客様の話を聞いたり、お客様といろいろしゃべったりして、日本語能力がだんだん良くなりました。松屋の仕事を続けて、日本語学校で2年間を過ごしました。次は東京外語専門学校に入りました。また授業が朝に変わるので、松屋の仕事をやめました。

それからタウンワークで新しい仕事を探し始めました。居酒屋の「やきとんまこちゃん」という店を見つけました。今まで居酒屋でやったことなかったからこの店で働くことにしました。居酒屋はメニューが多くて、料理メニューとドリンクメニューが分かれていて、ハンディーで注文しました。ハンディーは小さな機械で料理と飲み物を注文します。毎日頑張って働いて仕事に慣れました。居酒屋ではいいこともあり、嫌なこともたくさんありました。ホールの仕事をしていたのでお客様とコミュニケーションを取ることが多いです。ある時お客様からベトナムに旅行したいという話を聞いて、私が美しいところと美味しい食べ物を紹介しました。でも酔っ払ったお客様の対応をする時は嫌な気持ちです。私は何もしないのにお客様は大きい声で怒りました。その時は店長に対応してもらいました。今も居酒屋の仕事をやっています。今はホールの仕事だけじゃなくてはドリンクも作って、レジもできます。

私は日本に来て、初めて仕事をして、大変でしたが、日本語が上手になって、日本人の仕事のやり方を学べました。自分がだんだん成長できました。