ルオン ティ タム

わたしの東京

日本に来たら、生活の為アルバイトを探しました。寮の近く「一番らーめん」 という店があり、バイトに応募しました。ベトナムで日本人の日本語の先生が「日本人は笑顔がある人が大好き」と教えくれました。面接した時は日本語があまり話せなかったけど、分かる質問に大きな声で対応しました。お陰様で店長が採用してくれました。お店は小さくて、スタッフは5人います。みんなは殆ど年をとった人でしたから、日本語の話すスピードが速くて全然通じないです。

しかし一人のお婆さんは60歳ぐらいで 日本語をゆっくり話しました。その人は根本さんといいます。根本さんは日本人だと思ったけど、よく話し合ううちに中国人だと教えてくれました。根本さんは日本に来る前にベトナムへ8年間家族と一緒に移住していました。ですから日本語とベトナム語も話せます。店のメニューをベトナム語に訳してくれたから、短期間で仕事が覚えられました。何ヶ月か経って、日本語が話せたり、仕事も慣れたりして、とても喜びになりました。根本さんは本当に優しい人だと感じました。仕事に関係することだけではなく、生活のことも教えてくれました。休みの日に私の寮の近くの安く買えるスーパーに連れ行ってくれました。又 私が病気になった時薬を買って来てくれました。今でも私の誕生日にケーキをくれます。

日本に来てから6カ月後の話です。6カ月経って、寮を退室しなければならなかったです。日本に来た時未成年だったから保証人がいないと日本の部屋を借りるのが難しいです。心配した顔でお店に入ると、根本さんがそばに来ました。根本さんに話したら、すぐに「私の家に来たらどうですか?タムさんの学校から少し遠いけど。私の娘がアメリカに留学して今一人暮らしですから寂しいですよ」 と言ってくれました。根本さんは優しい人だと感じたけど、知らない人の家に住むのをためらいました。何回も誘ってくれたから 根本さんの家に引っ越ししました。4カ月間、根本さんと一緒に暮らして、楽しい生活を過ごせました。美味しいご飯を作ってくれるから、私の体重がどんどん増えました。

毎日日本語で会話して日本語も上手になりました。20歳になったら部屋を探して、また引っ越ししました。進学するため お店を辞める事に決めました。送別会で皆に「ありがとう」と言えないくらいずっと泣きました。根本さんが私を抱きながら、私の耳に「頑張って」とささやきました。今でも月例会があり、根本さんと皆さんに会えて、楽しいです。3月に就職しますので、もうじき根本さんとも離れます。

根本さんからの応援の言葉を心に入れて、何があっても頑張ります。