ダンゴール・マハルジャン・スペンドラ

わたしのふるさと

Khokanaは首都から10-12km南にあるカトマンズ谷の典型的なNewar族の土地です。それは主に二つのもの、マスタード油とRudrayani 寺院で有名です。ネパール全土で電力を使用した最初の場所です。Khokanaは13世紀以来Newar族が住んでいます。文化遺産が豊富で、世界遺産に登録されています。農業が主要な職業です。この村の素晴らしいところは、鶏と豚が厳密に禁止されていることです。

「Khokana」という名前がどのようにつけられたかについて、人々の間で興味深い話があります。「Khokana」という言葉は、“Weeping while Weeping-泣きながら泣く”を意味するNewariの単語「Khona」に由来します。伝説によるとカトマンズのマハラジャン司祭は、ひどい寒さのために気絶したので死んだと思われ、バガマチ川の近くに連れて行かれました。彼は妻と一緒に、‘Sati’して火葬場に置かれました。雨が降って嵐になりました。火が燃えると、彼が意識を取り戻しました。そこから二人が泣きながら逃げて行って今の村Kokanaを作りました。

私は2013年の4月に留学生として日本に参りました。その後、ネパールへ帰っていないのです。私の村、家族、友人皆のことを思っています。日本に来て多くの問題に直面しなければなりませんでした。言語も、人々も、生活も私にとっては新しいことばかりなので本当に大変な状況でした。そのころ何でも自由にできていた私の生まれた場所を思い出しました。ふるさとでは学校行ったり、遊んだりして楽しんで生活するだけで自分で働いたことがなかったです。ほとんどすべてを両親に依存していました。日本では自分で頑張らなけいけないことが分りました。ネパールは東京に比べて物価がすごく安いんですが現在はだんだん高くなっていて、素晴らしい施設もありません。自然を比べると東京より私のふるさとはけっこういいと思います。どこからでも緑とヒマラヤが見えます。ですから私のふるさとが大好きです。

Newar族は伝統の社会的価値観とその団結でとても充実しています。カトマンズの谷は、国中の隅々から集まった、ほとんどすべての種類のカーストの人が住んでいます。それにもかかわらず、Newarは常にNewarの言語の伝統と習慣を守ろうとしています。私もそのことを感じながら大事にしていきたいと思います。私はNewarであることを誇りに思います。