モクタン・ケバル・クマル

わたしの東京

高校生の時から日本について興味がとてもありました。いろいろ新聞やニュースをみたり、日本人や日本から帰国した人に聞いたり、日本について分かればわかるほどもっと知りたくなりました。

なぜかと言うとその時国の状況がとても悪かったからです。国で生活するのはとても大変でした。誰が、どこで、いつ死ぬか誰も知りませんでした。とても大きな内戦がありました。新聞やニュースを見たら、今日10人死んだ、15人だ…そんなニュースしか見られませんでした。とても残念なことは、どちら側が死んでも、死んだ人たちはみんなネパール人でした。国の悪い状況のせいで若者たちは自分の専門や大学の勉強が続けられなくて、途中でやめて外国へ行く人たちが毎日どんどん増えていました。私もその中一人でした。自分の夢は大学を卒業して日本ヘ留学するつもりだったんですけれども、お金がなくて困っていました。

卒業後お金を稼ぐためにUAEのドバイへ行きました。三年間働いて、ちょっとお金を貯金して、その後2013年7月に日本ヘ留学しました。日本へ来たら、自分の考えと全然違いました。例えば、挨拶をすること、システムを守ること、生活の仕方などです。最初の2、3ヶ月の生活はとても大変でした。国で勉強した日本語の能力が全然足りなかったので、アルバイトやどこか行きたい場合はとても困りました。場所や電車がわからなくて、違う電車に乗って2、3時間の遠いところまで行ってしまってとても困ったことがあります。

だんだんいい経験や悪い経験をして日本の生活に慣れて来ました。ていねいに挨拶することや会社や電車のシステムを守ることや時間をきちんと守ることや一人で生活することなどを学びながらどんどん好きになって来ました。今年2017年の7月で4年になります。今は学校や会社や電車で、システムを守ったり、挨拶をしっかりしたり、先輩のことをよく聞いたりしています。例えば、おはようございます、お疲れ様です、さよならなど、日本が世界でいい国のイメージで有名になったのは、この理由かなと思っています。どんな時でもいくら困っても頑張ります。💪💪गामबारीमस्/गामबारोऊ(頑張ろう)と言う気持ちが出て来ます。