グェン ヴァン ヒエウ

わたしのふるさと

モ( Mo )という村の辺りで私は産まれました。幼い頃そこで育ちました。私が生まれた頃のベトナムはまだ貧乏な国でした。その頃それぞれの家庭の収入源は水牛でした。私の家も5頭飼育していました。村に住んでいたベトナム人たちに聞いてみると誰でも水牛のイメージがあるはずです。

私は子供の頃、みんなと同じく学校へいっていましたが、夏休みや長い休みがあったらできるだけ親を手伝いました。家事もいろいろやりましたが、一番たのしくて、決して忘れない仕事は水牛の世話です。毎朝、水牛を田畑まで連れて行って、田畑にある草を食べさせました。水牛を飼育する子供たちはその田畑の周りでいろいろな遊び、例えばサッカーやなわとび、たくさんの伝統的な遊びもしました。特に面白かったのは水牛の背中に乗ることでした。田畑で芋を焼いて食べるのもたのしかったです。ときどき夢中で遊んでいて水牛がどこかへ行ってしまったり大事な稲を食べてしまったりして、叱られたことも少なくなかったです。ときどき、遊び過ぎて夜になり、空が暗くなってもまだ家に帰って来ないから親たちが田畑まで呼び戻しに来て、その晩ももちろん叱られました。一日楽しいことがたくさんあって、つかれましたので晩ご飯が済むとすぐ寝ました。こういう日々が過ぎていき、私はだんだん成長して村から離れて遠いところまで勉強しに行きました。

今は、日本で勉強していますので、故郷へ戻れなくなったけれどもいつも心の中で故郷の事を思い出しています。4年も経っていろいろなことが変わりましたが、故郷の事を思い出すと、いつも特別な気持ちになります。子供の頃の友達たちもばらばらですが、みんなとちゃんと連絡し合っていますので機会があればぜひみんなで集まって、飲み会をしたいと思います。