スレスタ アンジャン

わたしの東京

私は2014年10月11日に 日本に参りました。日本に来て日本語学校で日本語を勉強しました。初めて来たので日本についてあまり知りませんでした。最初の2週間は本当に楽しかったです。アルバイトをしませんでした。日本に来て2週間経って一緒に来た友達はみんなアルバイトを始めました。でも私はまだ仕事をやっていませんでした。

そのうち日本へ来て1ヶ月立ちました。私もそろそろアルバイトをしななければならないと思いました。だから日本でできた友達にお願いしましたが、だれに聞いても仕事を見つけられませんでした。そのとき本当に仕事について心配しました。なぜなら日本に来て1ヶ月になったのに仕事がないのでだんだん大変になってきたからです。国から持って来たお金は全部なくなったので、家族に一回電話して送ってもらいました。そのお金で1ヶ月生活できました。でも仕事はまだでした。

ある日友達から電話がありました。その日ヤマト運輸で面接があるので行けと言われました。友達にその会社のバスが迎えに来るところを教えてもらいました。そこは津田沼でした。そのとき携帯電話を持つて行くのを忘れてしまいました。私は面接ができませんでした。なぜならリストに私の名前がなかったからです。面接の担当者にあなたの名前が書いてないから面接ができないと言われました。そのとき午後学校あったのでどうしたらいいかわからなかったです。そのへんにバス停もないし電話もないし、歩いて行ったほうがいいかな思って歩きました。

だいたい1時間半ぐらい人に道を聞きながら駅まで行きました。携帯電話がないのでどの電車に乗ればいいか分からなかったです。学校に遅刻すると思って、心配しました。京成船橋駅の前に1人のお婆さんがベンチに座っているのを見ました。その人の前に行って「すみません。私、新宿に行きたいです。何番の電車に乗るんですか」と聞きました。お婆さんが立ち上がって「じゃ、いっしょに近くの駅に行きましょう。ここから五分かかります」と言いました。そこからJR船橋駅まで行きました。駅に着くとお婆さんは自分のお金できっぷを買ってくれました。そして、駅の人口で「気をつけてくださいね」と言って戻って行きました。本当にそれは思い出になりました。今もそのときのことを覚えています。その頃友達からアルバイトを紹介してもらって、仕事をはじめました。だんだん日本の生活に慣れていきました。