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新宿駅西口から大久保に通じる小滝橋通りは、オフィス街に飲食店が立ち並び、常に行き交う人々で賑わう幹線道路です。この辺りは留学生の通う専門学校や日本語学校が多く、またアジア各国のコミュニティーがあり、多様な文化の交差する様子が目に見えるエリアでもあります。その小滝橋通りの裏通りに東京外語専門学校があります。通訳、翻訳家を目指す中国や韓国からの留学生が学ぶ学校として知られていますが、近年アジア各国の若者が集うようになりました。

2015年春、東京外語専門学校は東南アジアや南アジアの留学生を対象に、日本社会で仕事をしていくためのコミュニケーション力とビジネススキルを準備するコースとして、新たに国際コミュニケーション学科を開設しました。言語構造が日本語から遠く、また漢字を用いない地域の人々が実践レベルの日本語力を獲得するには大変な努力が求められます。そうした苦労を乗り越えて、ネパールとベトナムの留学生55人が国際コミュニケーション学科の第一期生として2017年3月卒業を迎えました。

わたしは国際コミュニケーション学科がスタートすると同時にクラス担任として着任し、ビジネス日本語会話の授業を担当することになりました。授業では、様々なビジネスシーンで必要となる一般的な日本語表現を一つ一つ確認していくことはもちろんですが、そこにとどまらず、これからの時代の課題として、文化的背景が違う者同士のコミュニケーションのあり方に焦点を当てました。その方法として、自分の体験を振り返り、分かりやすいことばにして具体的に語るという授業活動を行いました。

そうしたコミュニケーションの課題はクラスの中でわたし自身が体験したことでもあります。例えば、教師と学生との関係、教室の使い方、規律と自由といったことについて、学生たちとの考え方の違いが次々と現れてきました。教師、教室、自由といった語彙は自動翻訳機にかければ一瞬で別の言語において該当する語彙に置き換えられますが、果たしてその語がその地域でどのような背景を持った語として用いられているかまでは分かりません。それを意識しないでいると行き違いが生じてきます。

そこで、生活感覚や価値観が生まれてきた場所である自分の体験を振り返って、記憶の出来事に焦点を当て、具体的なことばにしていくという作業を授業活動として行うことにしました。もしある人のことをおもしろい人だと言うなら、おもしろいという印象を述べるよりも、そう思うようになったきっかけの出来事を詳しく語ったほうが伝わります。語り手の視点を通してその人の姿が現れてくるからです。体験を語るという授業活動は、教師であるわたしにとっても、学生のことを理解する助けになりました。

第一期生が卒業するに際して、最後の課題として、「わたしの東京」と「わたしのふるさと」、この二つのテーマのうち、どちらか一つを選んで文章を書くことにしました。留学生としての生活を経た現在からそれまでを振り返り、自分がどんな風景の中に生まれ育ったのか、また東京に来てどんな現実を見たのか、ことばにして伝えます。そして、授業の合間に撮影した一人一人の写真を合わせて、2017年東京の留学生クラスの記録としてオンライン上に残すことにしました。

クラスの中では日本語は外国語です。日ごろは当然のこととして問題にされない様々な物事があらためてことばに表現されます。そこには理解のための機会を生む可能性があります。日本語教師であるわたしにも皆のことばは気づきをもたらしてくれます。わたしはクラスの活動を学校の中だけに閉じておかないで、少しづつ社会に開いていけたらと考えています。このサイトを訪れた皆さんにはぜひ留学生のことばに触れて、その視点から世界を見直してみていただけたらと思います。

三村修一郎(東京外語専門学校教員)

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